「宇太郎日記」

utarou2.jpgutarou1.jpg 明治31年宇智郡北宇智村近内で開業された中谷宇(卯)太郎会員は、明治36年から昭和25年迄の48年間、ほぼ半世紀にわたって毎年1冊の日記を書き続け、全47冊に及ぶ膨大な日記帳(口絵写真参照)を、孫である中谷開宇会員の手元に遺された。
 宇太郎会員は、開業医師としてご自身の日常生活のことなどを几帳面に書き留めておられ、必然的に当時の医師会のことも簡潔ではあるが精確に記述されている。開宇会員の話によれば、ほぼ30年前の奈良県医師会史編纂の折りは、日記を読み解く暇がなかったため、医師会史に反映出来なかったとのこと。今回、祖父宇太郎会員の書き遺した日記から、医師会関係の記述を抜粋して多数の文章が寄せられており、これらの文章は以下の表題あるいは項目部分で医師会史に掲載させていただいた。また、昭和16年から25年の日記については、原文(抜粋されたもの)を通史資料編に一括掲載した。

医師会活動の具体的な展開や会員の生き生きした姿が浮かびあがり、救護班の実際、各地で開催された講演会への出席の模様、例会後の校書(芸妓の異称)を伴った宴席、戦中戦後の医師会の様子などが彷彿としてよみがえってくる。まことに貴重な時代の証言であり、以降、中谷宇太郎会員が書き留められた日記を、親しみを込めて「宇太郎日記」と呼ばせていただく。

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